【深】独り言多めな読書感想文

⭐️1つの作品に対して記事が複数に渡るものを収録⭐️

【2、オヒメサマのキゲン(望月澪)後編】『カインは言わなかった』

自分にとっての相手と相手にとっての自分。近しければ近しいほど、良好な関係と仮定したとき、果たして豪と澪はどうだったか。ベース男性としての豪は女性に不足しない。豪にとって描くことこそ至上であり、セックスにわざわざ労力を割きたくないのと同列で、彼女、それ以前に異性そのものの優先順位は低い。よってミューズと彼女、この二つは決して相容れず、完全に別腹。


 だから描く上で魅了する存在というのは別格なのだ。「わからない」「描ききれたと思えない」特別なヒト。そもそもミューズとは「作品のモデル兼芸術家の妻や愛人など、インスピレーションの源となる人物」のことを指すというが、一つの解釈として、私は「その世界における象徴」としている。

 

 豪にとってのミューズが澪。じゃあ澪にとっての豪は、と考えた時、ヒントになるのが、最終豪を殺した後、澪が言ったこと。

 

〈「今さらそれを、あなたが言うのかと思いました」〉

 

 豪と戦い、脅かしてさえいた彼女。
 ただ一方的に写し取られるのではなく、彼女自身も生み出していたからこそ、あの絵はあれだけのエネルギーを持っていた。

 

〈『私はずっと、あの絵を守りたかった』〉

 

 まずミューズを探していた豪が澪に近づく。澪視点で「うわ、なんなのこの人」と思った相手が、既にスケッチしていたものを見せる。この段階でモデルを引き受けた以上、それは澪にとって警戒心を上回るレベルだった(ちなみにこの時点ではヌードは断っている)それだけ真剣に自分に声をかけていると思った。
 そこから豪は必死で描く。ムービングモデルとして踊る澪。そこに内蔵されているものを男は知らない。知らないけれど想像して描く。でき上がったものを見る。男の描いた絵は、

 

 きっと澪が思う自分よりも美しかったに違いない。人には少なからず「こう解釈されたい」自分の像がある。その上限ギリギリ、もしくは少し超えたところを描き出したのではないか。
 わかってくれる。自分がわかって欲しいように。
 一方で男は「わからない」と言い続けている。澪自身、一時は翻弄している感覚があったかもしれない。けれどその関係はすぐひっくり返る。
「storm」を見た瞬間、澪は男の雄に当てられた。わかってしまった。指一本触れない男の、自分に向かう欲望を。ムービングモデル。おそらく彼女は以降まともに踊れなくなってしまったのではないか。

 

 一方で「storm」を出展した後、その作品を前に長時間立ち尽くしていた男が澪の後をつけ、暴力を振るう事件があった。澪はそのことを公にしなかった。公にせず、豪にだけ打ち明けた。そこに発生している「媚び」を、彼女である有美だけは見逃さなかった。
「storm」を見てから、豪と「モデルとしてではなく、女性として向き合いたい」と思った澪は、あえて暴力に「応じた」。そうすることで、自分に一切触れることのない豪の気を引こうとした。けれど豪にとっての澪はあくまでモデルであり、その世界を素晴らしいものたらしめる象徴、ミューズなのだ。だからその価値あるムービングに乱れが生じ、雑念が入るとしたら話は違ってくる。需要と供給の不一致。結果澪はモデルの解雇を言い渡される。
 あくまでギブアンドテイクだった関係の一方的な解消に、乗るは年齢。澪はそれを受け入れる代わりに「storm」の譲渡を要求した。

〈今やどの展覧会でも作品が完売する藤谷豪が、唯一手放さずにいた初期の代表作〉であるそれは、澪にとって「男の自分への欲望を閉じ込めた作品」であり、おそらくもう今の自分は得られないものだとわかっていたからこそ、執着した。そうして壊そうとした。
 あの時、あの瞬間発生したもの。自分にとって寄る辺とも言える「最も輝いた一瞬」を閉じ込めた、何より大切な作品を、自分にとってそれだけ価値あるものを、この男も大事に思っているか、それを確認したくて、壊してもいいか聞いた。豪は

 

 

「いいよ」と答えた。

 

 

 男はまだこれからいくらでも創造できる。きっとすぐ新しいミューズを見つけて没頭し、再び数々の作品を世に送り出す。自分の時と同じように、まっすぐ真剣な眼差しで、ブレることない美しさを描き取り、「わからない」と言って笑う。そんなの

 

 許せなかった。絶対に許せなかったのだ。