【深】独り言多めな読書感想文

⭐️1つの作品に対して記事が複数に渡るものを収録⭐️

『キリエのうた』もちょっと映画感想

【強要と反発、感性を守る】
 社会のルールに従うことを強要されることへの反発。 

 

・主人公キリエは津波で家族を失うも、少女ながら自分で考えて生きようとしていた。後に姉の婚約者に保護され、役所に向かうが、血縁関係がないため、赤の他人として問答無用に市の児童保護施設に預けられることになる。
・孤独な女児であるキリエに歌うことを教えてくれた男は、ある日突然女児に対する誘拐疑惑から警察に連れて行かれてしまう。男は身分を証明するものを持っていなかった。
・養子縁組をしていた家族の元を飛び出し、姉の婚約者のところにやって来てしまう高校生となった女の子は、一人踊る。幼い頃習ったバレエ。今は亡き家族の視線を集め、褒められたそれは、今は言葉にできない思いを、自分の感性を解き放つために役立つ。
・野外ライブに警察が来る。「ライブの許可証を持っているか」と尋ねられて、責任者ははぐらかす。すぐさま中止を呼びかける警察をよそに、伴奏が始まる。キリエが歌い出す。

 

 

 ほとほと人間とはよくできているものだなと思う。頭がいいというか、頭でっかちというか。私自身、ゲシュタルト崩壊を起こすことが度々ある。
 抗うことの出来ない自然災害(この映画では2011年の東北大震災を題材にしている)に加え、人間が作ったルール。弱い葦が力を合わせて生存するために作った「社会」は、当然多数を生かすために作られたもので、時にその隙間に誰かが落ちる。誰かにとっての「仕事」が、誰かにとっての人生であり、感情を無視するものだったりする。

 

 ルールありきで社会は成り立っている。けれど最終、ライブを制止無視して歌い始めたキリエは、仲間と共に弾丸の如く赤信号を渡った。そこには地震に始まり、「市の管轄だから」「身分証明が出来ないから」「子供だから」と奪われ続けたことに対する反発が窺える。「キリエ」というのは震災で亡くした姉の名だ。ショックから歌う時以外声の出せなくなってしまった彼女は、だからそんな理不尽に抵抗するかのように歌い続ける。

 路上ライブで生計を立てているキリエにはうたしかない。まともなコミュニケーションの取れないキリエにとって、自分を発信する術はうたしかない。人と繋がる術はうたしかない。だからただ歌う。
 挑発されれば怒るように、求められれば囁くように、うたで感情を表現する。だからうたを奪うことは声を奪うこと。キリエはそれを拒んだ。他の何に執着がなくとも、それだけは。「それ」は生きる術、生命線。不遇の中でもキリエはちゃんと生きることに執着していた。
 ついでに、

 

〈楽しい時間は永遠には続かないんだけどなあ〉

 

 これは金になると、事務所に所属することを促す男に「楽しいので、今はこれでいいです」と口にしたキリエ。アーティストとしての旬。若さ。今しかできないこと。刹那的な「楽しさ」を優先させることは、うたでしか生きられないキリエの一般的には幼い選択なのだろう。けれどキリエは震災を経験している。突然奪われる明日を知っている。だから「今の楽しさを選ぶ」それは、必ずしも間違っているとは言い切れない。ギターと機材を持ってどこへでも行く、自由なキリエはどこに向かうでも楽しそうに見えた。