【深】独り言多めな読書感想文

⭐️1つの作品に対して記事が複数に渡るものを収録⭐️

【悔しいですと言えるか】朝井リョウさん『スター』②


「東京で必要なのは負け顔と泣き顔」これは私にとってぶっちぎり一位の名言だ。出所は芸人、かまいたち濱家。

前提共有のために「負け顔」をググってみたら「負けている時の顔」と、「無駄に検索エンジンの容量使うんじゃねぇ」レベルの解答が出てきた。これでは今回取り上げる題材が余りに不憫なので、私なりに定義させてもらう。

 

負け顔「能力のある人をいじり、足元をならす(もしくは貶める)ことで、第三者の親近感、愛着、母性、保護欲を引き出す際の、いじられた側の複雑な心理状態(主に難色)を示した表情。その際、涙は必須ではないが、あれば『泣き顔』に分類される」

 

負け顔、である。表題『スター』においてでも、一人称でランキングぶっちぎり一位をかすめれば、その他数ある名言を掻き分けてでもここに引用するに至る。この文章自体、たった一文をエサに増殖し成立したものだ。性質としてもはやウイルス扱いされてもしょうがない。

 

泉、というキャラクターがいる。当初、私の中で好感度最下位だった人物だ。各方面で地道に努力を積み重ねる主人公勢と対象的に、浅いところを軽やかに駆け抜ける。確かに最終勝つのが目的だとしても、どこかクセのあるような。例えるなら状態異常を駆使して戦う系。そのクセ、素早さの数値だけは異常に高いみたいな。

 

しかし物語後半、この泉が「自身の抱えている爆弾を悟られないように、相手に救いの手を差し伸べる体で交渉を進めた」結果一蹴され、さらには「自身の抱えているものが時限爆弾であり、爆発までもう猶予がないことまで見破られ、逆に相手から手を差し伸べられた」時の様子を描写する一文が、この散文の心臓にあたる。紹介しよう。

 

 

〈泉は絶対に、頷かない〉

 

 

ちなみに三行前には『泉は頷かない』の一文があり、これはその強調に当たる。ポイントは過去形ではないこと。『頷かなかった』ならその後に更正の可能性を残す、あるいは示唆する。『頷かない』これは暗に恒久的に受け入れないことを示す。プライドであり意気地である。その場にとどまり、踏ん張る。容易に流されないその輪郭は、それはそれで影が残る。泉は

 

先輩後輩、そんな線引き関係なく、泉はずっと見上げていた。バスケを始めて一年経つ頃にはスタメンでバリバリ活躍する赤髪の青年を見上げるように。隣にいたはずがいつの間にか将軍になり、苗字を名乗るようにまでなった青年を見上げるように。同じ蟻なのに同じ空間にとどまることさえ出来ない猫目を見るかのように。

 

生半可「考える葦」である分「考えられる葦」である分、分かってしまう。自分と相手との間にある、決して埋まることのない溝。自分だってヒーローになりたかった。でも現実はベンチだし、飛信隊伍長だし、卵男(ミサイルマン)しか撃てない。いつまで経っても日の下に出られない。

 

負け顔はあくまで「能力ある人」が見せて初めて映えるもの。それまで濱家は「超万能な先輩」と後輩に慕われていたし、泉自身は人当たりの良さ、チームメイトを意のままに動かすことに長けていた。能力はあるのだ。それを活かして下剋上を試みた。その結果、負けたのだ。問題はこの負け方である。主人公勢はやさしく諭した。やさしくたしなめて、やさしく見せつけた。気づけば元の形。ずっと見上げていたあの時。泉は

 

我慢ならなかった。これ以上。

 

まだ正面から潰しにかかって来られた方が良かった。相手も潰されまいと必死で、互いにヒリヒリするような、行先の見えない戦闘。その結果負けたならきっと素直に受け入れられた。泉が頷かなかったのは、まるで大人が子どもをなだめるような、容赦の上に成り立ったやり取りだと感じた為だ。失敗しようと、暗礁に乗り上げようと、それまで本気でやってきたことを「馬鹿にするな」「そんな目で見るな」と。

 

〈泉は絶対に、頷かない〉

 

ここに負け顔の難しさがある。人体は、過剰に気を張ると周りを敵とみなし、自己防衛本能が働くようにできている。本能と名がつく以上、抗えない所で誰も悪くない。ただ、過剰な防衛本能は時に普段当たり前に出来ることを出来なくさせ、あり得ないミスを引き起こさせる。何気ない一言を過敏に捉えてしまうことで、正常な思考が出来ず、結果負のループに落ち込むのだ。この時「こんなの自分じゃない」と自分を守れば守る程、負け顔が出来なくなる。傷ついた自己が、これ以上奪われないようにするため、ミスだけでなく、ミスをしたという事実までも受け入れなくなる。必死なのだ。下手にいじれば「窮鼠猫を噛」まれる。その雰囲気を察せば、周りは近づくことさえできない。

 

だから負け顔をできるのはすごいことなのだ。自分が苦しい、追い込まれている時に、結果的にでも周りを笑わせることができる。そこには、その人の生き様が如実に現れる。そうして、その負け顔に笑った人、どこか救われたと感じた人の需要は、きっと、他に比べてあたたかい。味方につけるのは親近感、愛着、母性、保護欲なのだ。本人が自分を守らなかった分、幾重にもなってその人を護る。プライド、自己肯定感はもちろん大事。本来比べるものじゃない。それでも。

 

あえて自分を守らないこと。苦しい時、それでも誰かを思うこと。実はそれを呼吸をするかのように自然に出来る人が存在する。その姿を誰かがきっと見ていて、ゆくゆく上に立つ人とそうでない人の差になる。ホメオスタシス。時間、空間、を越えて、全てはいずれならされる。だから

 

〈泉は絶対に、頷かない

 

泉のことは忘れない。岐路に立つ時、私はきっとこの一文を思い出すだろう。この小説を読んだ時受けた悔しさとともに。

 

派生一本目終わり(〆ザツ!)

 

P.S.前回反応して下さった御方々。あなたのおかげで小梅太夫の顔芸をせずに済みました。沽券は守られました。ありがとう。